財務戦略という言葉は、資金をどう集めるか、借入をどう組み立てるかという話として受け取られることが多いように感じます。けれども実際にご相談をお受けしていると、数字そのものよりも、その数字がどのように伝わっているかで話の進み方が変わる場面に、たびたび出会います。同じ内容の決算であっても、何を添えて説明するかによって、受け取られ方は変わっていきます。本稿では、財務を「整える」ことと「伝える」ことが、どのような順序で結びついているのかを、私たちの見方から整理してみたいと考えています。
財務は、整えてから伝えるものではないのかもしれません
財務の仕事は、まず社内で数字を整え、整い終わったところで外部に説明する、という順番で語られることが多いように思います。その順番そのものが誤りだとは考えていません。ただ、整える作業を始める前に、誰に何を伝えるためのものなのかを置いておかないと、集めた数字が説明に使いにくい形で積み上がっていくことがあります。事業ごとの採算を把握したいのか、資金の出入りの季節性を示したいのか、それによって集計の単位も、残しておくべき補足も変わってきます。伝える相手と目的を先に決めてから整えるという順序に組み替えるだけで、同じ手間が別の意味を持ちはじめるのではないでしょうか。資金の置き場所を考える順序についても、私たちは同じことを申し上げてきました。
業績が良い時期ほど、説明は省かれていきます
数字が順調なときは、説明の必要を感じにくくなります。求められた資料をお出しすれば話は進み、こちらから背景を語る場面も自然に減っていきます。ところが、外から見る側にとっては、順調な時期の情報が薄いままだと、変化が起きたときに比べる手がかりがありません。良い時期に語られなかった前提は、思わしくない時期に初めて語られることになり、そのときには弁明のように聞こえてしまいます。判断を誤りやすい理由は、説明を必要になってから始めると間に合わない、という構造にあるのだと思います。順調なうちに、なぜ順調なのかを言葉にしておくことが、後の局面での説明の土台になると私たちは考えています。財務には資金繰りと資産形成という二つの時間が流れていますが、説明にも同じように、いま伝えることと後から効いてくることの二つの時間があるように感じます。
信用は、代が替わるときに引き継がれるのでしょうか
長く事業を続けてこられた会社では、金融機関との関係が、ご本人の人柄やこれまでの歩みと分かちがたく結びついていることが少なくありません。それは確かな財産だと思います。ただ、その積み重ねがご本人の中にしか残っていない場合、次の世代へ渡す手立てがありません。どの局面で何をどう説明してきたのか、どの約束をどのように守ってきたのかという経緯は、記録として残っていなければ引き継げないものです。後継者の方が同じ関係を一から作り直すことになれば、事業の連続性にも影響が及びかねません。信用をご本人からしくみへ少しずつ移しておくことは、承継の準備の一部でもあるのではないでしょうか。後継者に渡るものが何であるかという問いとも、ここでつながってきます。
税務と財務と経営の話が、それぞれ別の場所で進んでいきます
決算のことは税理士の先生と、借入のことは金融機関のご担当の方と、事業計画のことは社内で、というように、それぞれの話が別々の場で進んでいくことはよくあります。どれも正しく行われていても、前提が共有されていなければ、外から見たときに一貫性を欠いた説明になってしまいます。個別の判断はそれぞれの専門家にお任せするほかありませんし、私たちがその領域を代わることもありません。けれども、別々に出てきたものを一つの筋として並べ直す役割は、どこかに置かれていなければならないのだと思います。私たちは自らの役割を、特定の分野の代わりではなく、分野と分野の間をつなぐ位置にあるものとして捉えています。
実物資産は、言葉の足りない部分を補ってくれることがあります
不動産をはじめとする実物資産は、価格の動きや収益の見込みから語られることが多いのですが、財務の文脈ではもう一つの意味を持っているように思います。所在と用途と契約関係がはっきりしている資産は、外部から確かめやすく、説明に要する言葉が少なくてすみます。言葉を尽くさなくても状況が伝わる部分が残る、ということです。もちろん、換金までに時間がかかることや、管理の手間が続くことも同時に引き受けることになりますので、良い面だけを取り出して考えるわけにはいきません。それでも、財務の説明を金融資産の残高だけで組み立てようとすると、その時点の数字の動きに話が寄ってしまいがちです。ですから私たちは、実物資産を増やすかどうかという問いの立て方ではなく、財務の説明のうちどの部分をそれに担わせるのか、という順序で考えるようにしています。
次に数字を見るとき、誰に向けて見ているでしょうか
財務を組み立て直すという話になると、体制や資料の作り替えから始めたくなります。ただ、その前に一つ確かめておきたいことがあります。いま手元にある数字は、誰に向けて、何を伝えるために並べられたものでしょうか。その問いに答えが出ないまま資料を増やしても、伝わる量はあまり変わらないように思います。むしろ、何を伝えたいのかがはっきりしていれば、いま手元にある資料のままでも伝わり方は変わってくるのではないでしょうか。次に金融機関のご担当の方とお話しになる機会を一つ思い浮かべ、そこで何を尋ねられるかを想像してみることから始められるのではないでしょうか。私たちは、そうした小さな確認の積み重ねが、その会社の財務の言葉を育てていくと考えています。
本記事は資産の管理・承継に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の購入・売却を勧誘・推奨するものではありません。また、個別の投資助言・税務助言を行うものではありません。実際のご判断にあたっては、ご自身の状況に応じて専門家にご相談ください。