事業承継・相続

相続の準備は「分け方」から始めない ―― 話し合いの順序を考える

ご家族で相続の話を始めようとしたとき、最初に浮かぶのは「誰が、何を受け取るのか」という問いではないでしょうか。分け方さえ決まれば、あとは手続きの問題になる。そう考えるのは自然なことだと思います。けれども実際には、その一点から話し合いを始めたご家庭ほど、途中で言葉が減り、いつのまにか先送りになってしまうことが少なくありません。私たちは、これを人の問題ではなく順序の問題だと考えています。本稿では、承継の準備をどこから始めるとよいのか、話し合いの順序について整理します。

「分け方」から始めると、話し合いは行き詰まりやすいのです

分け方の議論は、その性質上、配分の議論です。配分の議論は、誰かが多く受け取れば誰かが少なく受け取るという形をとりますから、参加されるご家族は、望むと望まざるとにかかわらず、それぞれが自分の取り分を意識する立場に置かれます。ご本人にそのつもりがなくても、席の並びがそうさせてしまうのです。

順序を入れ替えて、その手前に置いていただきたい問いがあります。この資産は、何のために保たれてきたのか、という問いです。事業を続けるための基盤なのか、ご家族の生活を支えるためのものなのか、次の世代が新しい挑戦をするための余力なのか。目的が言葉になっていれば、分け方はその目的を実現する手段として検討できます。手段の議論は、立場の違いがあっても擦り合わせが可能です。目的の合意がないまま手段だけを論じるとき、話し合いは対立の形をとりやすくなるのではないでしょうか。

判断を誤りやすいのは、資産の輪郭が見えていないときです

もうひとつ、行き違いが生まれやすい場面があります。資産の全体像が、ご家族の間で共有されていない状態で議論が始まるときです。

多くのご家庭では、資産は一枚の紙の上にまとまっていません。法人の名義で保有しているもの、ご本人の個人名義のもの、事業のために使っている不動産と、ご家族が住まわれている不動産。これらに加えて、借入や保証といった、見えにくい負の側面もあります。全体像が見えないまま部分の話をすれば、ある方は目に見える資産だけを前提に、別の方は事業の継続に必要な資金を前提に話すことになり、同じ言葉を使いながら別のものを指してしまいます。

構造的な理由は単純です。人は、手元に見えているものを基準に判断します。見えていないものを織り込むことは、意識してもなお難しいのです。ですから、話し合いの前に全体を一度書き出しておくことには意味があります。金額の精度を高めることが目的ではありません。何が、どこに、どういう役割で置かれているのかという輪郭を、ご家族が同じように見ている状態をつくることが目的です。

承継は、一度の手続きではなく、世代をまたぐ時間の設計です

承継は、しばしば一回きりの出来事として語られます。けれども実際には、受け取った世代は、いずれ次の世代へ渡す側になります。今回の分け方は、次の承継の出発点になるということです。

この時間軸を入れると、考えるべきことが少し変わります。いま最も納得を得やすい分け方が、二代先で身動きの取れない状態を生むことがあります。逆に、いま少し説明を要する形であっても、資産の役割と管理の担い手を明確にしておけば、次の代の判断は軽くなります。

渡されるのは資産だけではありません。何を大切にしてきたのか、どういう順序で物事を決めてきたのかという、判断の作法も一緒に渡ります。次の世代の方が、金額の大小ではなく判断の理由を聞いて育つこと。それは制度では設計できませんが、話し合いの場をどうつくるかで変わっていく部分だと、私たちは考えています。

専門領域はそれぞれ深く、それゆえに分かれています

準備を進めようとすると、いくつもの専門分野に触れることになります。税務の扱い、権利関係の整理、資金の手当て、不動産の評価と管理。それぞれに有資格の専門家がいらして、それぞれのご助言は、その領域において正確です。

難しさは、正確な助言が並んだときに生まれます。税務の観点で最適な形と、事業の継続にとって望ましい形と、ご家族の納得が得られる形は、必ずしも一致しません。どれかが誤っているのではなく、見ている範囲が違うのです。

ですから、それぞれのご助言をつなぎ、ご家族の目的に照らして全体の優先順位を整える役割が要ります。私たちは、その位置に立ちたいと考えています。個別具体的な税務や法律のご相談は有資格の専門家へお取り次ぎし、私たちは全体の設計と話し合いの順序を整えることに関わる。そうした関わり方が現実的ではないでしょうか。

実物資産は、話し合いの順序をいっそう強く求めます

実物資産、とりわけ不動産は、この順序の問題が最も表れやすい対象です。分けにくく、持分を分け合う形にすると、その後の意思決定に全員の合意が必要になります。売るにも貸すにも、修繕するにも、話がまとまらなければ動きません。

さらに、不動産は保有しているだけで管理と責任が伴います。誰が管理を担い、その負担をどう扱うのかまで含めて合意しておかなければ、名義の上では公平でも、実態としては偏りが残ります。だからこそ、どう分けるかを考える前に、その不動産が果たしている役割は何かを確かめておく必要があるのだと思います。役割が定まれば、保有し続けるのか形を変えるのかという判断も、感情の問題ではなく設計の問題として扱えるようになります。

最初の一言を、どこから始めますか

承継の準備が進まない理由は、多くの場合、意欲の不足ではありません。どこから話し始めればよいかが分からないまま、切り出しにくい話題として置かれているだけのことが多いのです。

分け方から入らずに済む問いは、たとえば「この資産は、これまで何を支えてきたのだろうか」という振り返りです。過去についての問いですから、誰の取り分の話にもなりません。それでいて、目的の言語化という最初の作業にそのまま接続します。

ご家族が集まる機会に、この一言を置いてみる。最初の一歩は、その程度のもので十分ではないでしょうか。私たちは、その先に続く整理と設計をご一緒に考えていければと思っています。

本記事は資産の管理・承継に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の購入・売却を勧誘・推奨するものではありません。また、個別の投資助言・税務助言を行うものではありません。実際のご判断にあたっては、ご自身の状況に応じて専門家にご相談ください。

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