財務戦略

資金繰りと資産形成をつなぐ、財務の「二つの時間」

今月の支払いには問題がないのに、五年後、十年後の財務がどうなっているのかは、あまり自信を持って語れない。オーナー経営者の方とお話ししていると、そうした戸惑いをうかがうことがあります。日々の資金繰りは滞りなく回っているのに、長い時間軸で眺めたときの手応えが薄い、という感覚です。多くの場合、それは業績そのものの問題ではなく、財務を「いま」と「その先」という二つの時間で別々にとらえていることから生まれているように思います。本稿では、資金繰りと資産形成を切り離さず、ひとつの財務として考えるための順序を、私たちなりに整理してみたいと思います。

「資金繰り」と「資産形成」は、本当に別の話なのでしょうか

資金繰りは短い時間の話、資産形成は長い時間の話。そう分けて考えるのは自然なことですし、実務の上でも、担当や帳簿がそれぞれに分かれていることが少なくありません。ただ、この二つは本来、同じ資金が見せる別の側面ではないでしょうか。

手元にどれだけ資金を厚く残しておくかという判断は、そのまま、長い時間をかけて働かせられる資金がどれだけ残るかという判断でもあります。私たちは、「増やす」や「回す」を考えるよりも先に、自社の資金が短期と長期という二つの時間の上にどう乗っているのかを、いちど並べて眺めてみることをお勧めしています。順序を組み替えて見るだけで、これまでとは違う景色が見えてくることがあるからです。

短期の安心を優先するほど、長期の余力が静かに痩せていきます

判断を誤りやすいのは、目の前の安心と、遠い将来の余力とが、同じ天秤の両側に乗っていると気づきにくい場面です。手元資金を厚く保つことは安心につながりますが、必要以上に厚くすれば、その分だけ、長い時間をかけて働くはずだった資金が眠ってしまいます。反対に、長期の形成を急ぐあまり手元を薄くすれば、想定外の出来事が起きたときに耐える力が細くなります。

どちらか一方が常に正しいわけではありません。難しさの多くは、短期の判断がその場で目に見えるのに対して、長期への影響は数年をかけて静かに現れる、という時間のずれから来ているのだと私たちは考えています。見えやすいものを優先しているうちに、見えにくいものが少しずつ削られていく。その構造に気づいておくだけでも、判断の質は変わってくるのではないでしょうか。

時間軸を延ばすと、財務はやがて一族の話に変わります

長期の資産形成をどこまで延ばすかを突き詰めていくと、その時間軸はいつしかご本人の代を越えていきます。十年、二十年という単位で資金の置き方を考えるとき、そこにはご家族や次の世代の暮らし、そして事業をどう引き継ぐかという主題が、自然に重なってきます。

短期の資金繰りが「会社と、今年」の話だとすれば、長期の資産形成は「一族と、世代」の話に近づいていくように思います。この二つを別々の言葉で語り続けると、日々の判断と、ご家族で共有しておくべき長い方針とが、どこかでかみ合わなくなります。二つの時間をつないで考える視点は、それ自体が、承継の準備の一部になっていくのではないでしょうか。

経理と運用が分かれているほど、二つの時間はつながりにくくなります

実務の現場では、短期の資金繰りは経理や財務の担当が、長期の資産形成は運用や資産管理の担当が、それぞれ受け持っていることがよくあります。税務、法務、運用と、専門領域が細かく分かれているほど、一つひとつの判断は精緻になっていきます。ただ、その分だけ、全体を一枚の絵として見渡す視点は持ちにくくなります。

短期を担う人が長期の設計を知らず、長期を担う人が日々の資金の動きを見ていない。そうした状況は、決して珍しいものではありません。私たちは、それぞれの専門性を尊重したうえで、二つの時間をまたいで全体を俯瞰する役割が、別に必要なのではないかと考えています。専門を並べることと、専門のあいだをつなぐことは、似ているようで異なる働きだからです。

実物資産は、二つの時間軸をまたいで役割を持ちます

実物資産、とりわけ不動産は、短期と長期のどちらか一方だけに属する資産ではありません。保有しているあいだは管理や維持という日々の判断を求められる一方で、時間をかけて価値を保ち、次の世代へ引き継いでいくという、長い時間軸の役割も担います。つまり、二つの時間をまたいで存在している資産だといえます。

だからこそ、実物資産を「増やすための手段」としてだけ見るのではなく、財務全体の時間設計のなかで、どのような位置を占めるのかという観点から眺めることが大切だと、私たちは考えています。その役割は決して派手ではありませんが、短期と長期という二つの時間を静かに結び直す、結び目のような働きをすることがあります。私たちは実物資産に向き合ってきた経験から、その性質を、そうした全体の設計の一部として受け止めるようにしています。

おわりに ―― その判断は、どの時間のためのものでしょうか

財務の判断に迷ったとき、いちど「これは、どの時間のための判断だろうか」と問い直してみると、輪郭がはっきりしてくることがあります。いまを守るための判断なのか、その先を育てるための判断なのか。そして、その二つは互いにどう影響し合うのか。

答えを急ぐ必要はありません。まずは、これまで別々に管理してきた「いま」と「その先」を、いちど同じ机の上に並べてみるところから始めてはいかがでしょうか。二つの時間を一枚の財務として見渡せたとき、次の一歩は、自ずと静かに見えてくるのではないかと思います。


本記事は資産の管理・承継に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の購入・売却を勧誘・推奨するものではありません。また、個別の投資助言・税務助言を行うものではありません。実際のご判断にあたっては、ご自身の状況に応じて専門家にご相談ください。

関連記事

TOP
Asset Consulting Contact