事業継続

オーナーが決められなくなったとき、事業は止まるのでしょうか

事業継続という言葉から、まず思い浮かぶのは地震や水害への備えではないでしょうか。非常時の連絡網を整え、データの控えを別の場所に置いておく。いずれも欠かせない準備です。けれども、実際に会社の動きが止まってしまう場面をうかがっていると、その原因が建物や設備ではなく、判断する人が不在であることに置かれている例が少なくありません。オーナーが入院された、あるいは意思の疎通が難しくなった。そのとき、誰が何を決められるのか。本稿では、オーナーの不在という事態を事業継続の問題として捉え直し、資産の側から何を準備しておけるのかを整理します。

事業を止めるのは、設備の損壊よりも判断の空白です

備えの計画は、失われるものを列挙するところから始まりがちです。建物、設備、データ、取引先との連絡手段。目に見えるものは数え上げやすく、手当ても考えやすいためだと思います。

しかし、オーナーが率いてこられた会社ほど、実際に止まるのは別のところです。金融機関との交渉、大きな支出の可否、人事の最終決定、そして資産をどう動かすかという判断。こうした事柄は、規程の上では取締役会や代表者の権限として書かれていても、実務としてはご本人の一言で動いてきたことが多いのではないでしょうか。

その一言が出てこなくなったとき、手続きは形式として残り、決定だけが宙に浮きます。設備であれば代わりを手配すればいつかは動き出しますが、判断は誰かが権限を持たないかぎり戻ってはきません。私たちは、この空白こそが最も立て直しに時間のかかる損失だと考えています。

「そのときが来たら決める」という先送りが、選択肢を狭めます

この空白が生まれる理由は、備えを怠っているからというより、備えの順序にあるように思います。ご健在のうちは、判断はご本人がなさるのが最も速く、最も確かであり、わざわざ代わりを決めておく必要はありません。合理的であるからこそ、多くの会社で先送りが積み重なっていきます。

ところが、必要になる場面は、たいてい落ち着いて話し合える状況ではありません。ご家族は動揺され、周囲は遠慮し、金融機関や取引先からは日常どおりの回答を求められます。そのなかで初めて「誰が決めるのか」を決めようとすると、選べる手立てはすでに限られています。委任の取り決めも口座や契約の権限も、あらかじめ整えてあれば済むものが、後からでは大きな手間と時間を要します。

順序を入れ替えておくこと、つまり平時のうちに非常時の決め方だけを決めておくこと。それが備えの中心にあるのではないでしょうか。何を決めるかまで先回りする必要はなく、誰が決めるのかさえ定まっていれば、その先はそのときの状況に応じて考えられます。

備えは一代では完結せず、次の世代へ引き継がれていきます

非常時の意思決定を誰に託すかという問いは、そのまま承継の問いにつながっていきます。ある日の代わりとして名前を挙げられた方は、いずれ本来の役割を担う可能性の高い方でもあるからです。

この重なりに気づくと、備えの意味が変わってきます。単なる緊急時の連絡先を定めることではなく、次の世代がどこまでを理解しており、どこから先はまだご存じないのかを確かめる機会になります。会社の借入がどのような条件で組まれているのか、どの資産が事業に不可欠で、どれは動かせるのか。こうした事柄をご本人だけがご存じである状態は、事業継続の観点からは弱さになります。

一度にすべてをお伝えする必要はないと思います。年に一度、資産の全体像をご一緒に眺める時間を持つ。それだけでも、託される側の準備はずいぶん進みます。

分かれた専門領域のあいだに、誰も見ていない空白が残ります

会社には、たいてい頼りにされている専門家の方々がいらっしゃいます。税務は顧問税理士、法務は弁護士や司法書士、資金は取引金融機関。それぞれが担当の領域で確かなお仕事をなさっています。

ただ、非常時に問われるのは、その領域の内側ではなく、境目にある事柄です。会社の資金繰りとご家族の生活資金は、平時には別々に扱われていても、オーナー不在の局面では同時に問題になります。法人で保有する不動産と個人で保有する不動産のどちらを先に動かすのかという判断も、税務と法務と資金繰りのいずれか一つだけでは決められません。

誰かが全体を俯瞰し、問いを正しい担当へ渡す役割を持たなければ、それぞれが誠実にお仕事をされていても、真ん中に空白が残ります。私たちは、この俯瞰の役割を平時から置いておくことに意味があると考えています。

実物資産は、持ちこたえる時間を生むことがあります

非常時に効いてくるのは、増やす力よりも、持ちこたえる力です。判断できる方が戻られるまで、あるいは次の体制が整うまでのあいだ、会社と一族の暮らしを支え続けられるかどうか。ここで実物資産、とりわけ不動産の性格が関わってきます。

不動産の売却には時間がかかり、条件も相手方次第で、その意味では機動的とは言えません。けれども保有しているあいだは賃料という形で日々の資金を生み、担保としての役割も持ちます。急いで手放さずとも当面をしのぐ手立てになり得るということです。

ただしそれは、権利関係が整理され、契約の内容が把握され、管理の実務を引き継げる状態にあってこそだと思います。誰も内容をご存じない不動産は、非常時には支えではなく、判断を要する新たな課題として現れます。保有そのものより、どのように保有しているかが問われるところです。

明日、決められなくなったとしたら、何が困るでしょうか

大がかりな計画を作る必要はないのだと思います。まずは、ご自身が明日からしばらく決められない状態になったと仮定して、そのあいだに止まってしまう事柄を、思いつくままに書き出してみる。振込の承認、契約の更新、支払いの判断、どなたかへの返答。

おそらく十も挙げないうちに、いくつかは今日のうちに手を打てるものだと気づかれるはずです。備えは、一度に完成させるものではなく、少しずつ余白を埋めていくものだと私たちは考えています。その最初の一歩として、どなたに何を託すのかを一つだけ決めてみる。そこから始めてみてはいかがでしょうか。

本記事は資産の管理・承継に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の購入・売却を勧誘・推奨するものではありません。また、個別の投資助言・税務助言を行うものではありません。実際のご判断にあたっては、ご自身の状況に応じて専門家にご相談ください。

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