財務戦略

借入を「減らすべきもの」と決めてしまう前に ―― 資産と負債を一体で見る

決算書を前にしたとき、まず借入金の残高に目が向く。減らせるのなら減らしておきたい。そうしたお気持ちを、私たちはたびたび伺います。借入は返すべきものであり、少ないほうが安心できる。その感覚は、おそらく誤りではありません。ただ、残高という一つの数字を見つめているあいだ、私たちは同じ紙の反対側にある資産のほうを見ていないことになります。本稿では、負債を単独で評価してしまう構造をたしかめたうえで、資産と負債を一体として眺め直したときに何が見えてくるのかを整理します。

借入は、それ自体では良くも悪くもないと考えています

無借金であることが健全さの証しとして語られる場面は少なくありません。返済の負担がなく、金利の動きにも左右されない状態は、たしかに一つの安定です。私たちも、その安心を軽んじるつもりはありません。

ただ、借入の意味は、それが何と結びついているかによって変わります。収益を生む資産を保有するために組んだ借入と、目的があいまいなまま残っている借入とでは、たとえ残高が同じでも性格はまったく異なります。前者には資産と返済原資の両方が伴っていますが、後者には返済の負担だけが残ります。

つまり負債を評価するには、その反対側にある資産と、返済を支える収入の流れを同時に見る必要がある。「減らすべきかどうか」という問いは、その全体像をたしかめたあとに立てるほうが、答えを誤りにくいのではないでしょうか。順序を入れ替えるだけで、同じ数字がまったく違って見えることがあります。

借入ばかりが目に入るのは、数字の見え方に理由があります

判断が偏るとき、その原因は判断する人ではなく、情報の並び方にあることが少なくありません。負債は、契約書にも決算書にも確定した金額として記されます。誰が見ても同じ数字であり、いつまでにいくら返すのかも明示されています。数えやすく、疑いようがない。

一方で資産の側は、そこまで明快ではありません。実物資産は帳簿上の価額として記されますが、それが現在の価値や将来生む収益をそのまま表しているとはかぎりません。収益力は年月をかけて少しずつ現れるため、日々の実感としては掴みにくいものです。

そして返済は、毎月の資金繰りとして確実に体感されます。出ていくものは鮮明に、入ってくるものは曖昧に感じられる。この非対称が、借入を実際以上に重く感じさせたり、逆に「返せているのだから問題ない」と楽観させたりします。金利の環境が変われば、この感じ方はさらに揺れます。私たちが向き合うべきなのは、この見え方の偏りそのものなのだと考えています。

借入は、次の世代へ渡るときに、あらためて意味を問われます

返済の期間が長くなれば、借入は世代をまたいで残ることがあります。承継する側が引き継ぐのは、資産や事業だけではありません。負債と、その背景にあった判断も一緒に引き継ぐことになります。

このとき問題になるのは、残高そのものよりも、なぜその借入を選んだのかが伝わっていないことです。理由を知らされていない次の世代は、数字の大きさだけを見て、急いで圧縮しようとするかもしれません。あるいは、意味をたしかめないまま、慣性で維持し続けるかもしれません。どちらも、当時の判断とは無関係な選択です。

ですから、残しておくべきなのは残高の推移ではなく、その借入をどういう目的で、どのような前提のもとに決めたのかという記録なのだと思います。前提が変われば見直せばよい。ただ、前提が書き残されていなければ、見直すことすらできません。

財務の判断は、いくつもの専門のあいだに落ちています

借入について相談できる相手は、けっして少なくありません。金融機関は融資の観点から、税理士は決算と税務の観点から、不動産の専門家は物件の観点から、それぞれ的確な助言をしてくださいます。個々の助言は、その領域のなかで正しいものです。

けれども、法人と個人の資産を一枚に並べ、資産と負債を同時に見渡し、しかも十年、二十年という時間軸で眺める役割は、どの専門領域の担当でもないまま残されがちです。部分ごとに最適な答えを足し合わせても、全体として整った姿になるとはかぎりません。

だからこそ、どこかに俯瞰する視点を置いておく必要があるのではないでしょうか。それはご本人であっても、ご家族であっても、あるいは外部の第三者であってもかまいません。大切なのは、その視点を持つ人がいるかどうかであり、いない状態が続いてしまうことのほうが、私たちは気にかかります。

実物資産は、負債とともに考えるときに性格がはっきりします

不動産は、取得の段階から借入を伴うことの多い資産です。資産と負債が最初から組み合わさっているため、片方だけを取り出して評価することができません。賃料などの収入があり、維持のための費用があり、返済があり、そのうえで手元に残る資金がある。この一連の流れをまとめて見なければ、その保有が全体にとってどう働いているのかは分かりません。

私たちが不動産に関わるときに大切にしているのも、物件そのものの良し悪し以上に、その保有がお客様の財務全体のなかにどう組み込まれるのかという点です。同じ資産であっても、置かれる場所と時間軸によって、果たす役割は変わります。

そして、この見方は不動産に限りません。資産を単体で評価せず、それを支える負債と、そこから生まれる資金の流れとあわせて捉えること。実物資産は、その当たり前をあらためて思い出させてくれる存在なのだと思います。

残高を減らす前に、たしかめておくことはないでしょうか

借入を減らすという判断は、それ自体としては何も間違っていません。ただ、その判断が「残高が大きく見えるから」という理由だけで下されているとしたら、少し立ち止まる価値はあると思います。

その借入は何と結びついているのか。返済を支えているのは何か。なぜその選択をしたのかが、次の世代に伝わる形で残っているか。この三つをたしかめるだけでも、見える景色は変わってきます。数字を動かすのは、そのあとでも遅くはないのではないでしょうか。

私たちは、資産を増やすことよりも、全体を整え、次へ渡せる形にしておくことを大切に考えています。決算書の一行だけでは分からないことを、一枚の絵として眺め直す。その作業に、どうぞ時間をかけていただければと思います。

本記事は資産の管理・承継に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の購入・売却を勧誘・推奨するものではありません。また、個別の投資助言・税務助言を行うものではありません。実際のご判断にあたっては、ご自身の状況に応じて専門家にご相談ください。

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