事業や資産の承継を考え始めたとき、「後継者を育てる」という言葉がご家庭の中で出てくることがあります。けれども、それが具体的に何をすることなのかと問われると、答えにくいのではないでしょうか。制度の知識を身につけてもらうことなのか、数字を読めるようになっていただくことなのか、あるいは覚悟を持っていただくことなのか。どれも間違いではないように思えて、手をつける順序が分かりません。その結果、大切なことだと分かっていながら、後回しになってしまう。本稿では、次の世代が判断を引き受けられるようになる過程を、どのような順序で設計するとよいのかを整理します。
「育てる」は、教えることと同じではないのかもしれません
承継の教育と聞くと、多くの場合、知識を渡すことが思い浮かびます。資産の一覧を見ていただく、決算の内容を説明する、制度の仕組みを学んでいただく。いずれも必要なことだと思います。
ただ、知識がそろえば判断できるようになるかというと、そうとも限らないのではないでしょうか。判断には、何を優先し、何を当面あきらめるのかという価値の順序が要ります。その順序は、資料を読んで身につく種類のものではありません。誰かが実際に迷い、条件を比べ、決めるところに居合わせて、はじめて輪郭が見えてくるものだと私たちは考えています。
ですから、順序を少し組み替えていただきたいのです。十分な知識を身につけてから実地に関わるのではなく、判断の場にまず同席していただき、そこで分からなかったことを手がかりに知識を補っていく。学ぶ理由が先にある状態をつくるほうが、結果として早く身につくように思います。
渡す時期を「そのとき」に合わせると、間に合わなくなりやすいのです
次に、判断を誤りやすい場面について触れます。情報を渡す時期を、必要になったときに設定してしまう場面です。
これには構造的な理由があります。渡す側のお気持ちとして、整理が済んでから見せたいという思いが働きます。一方で、事業も資産も順調に動いている時期には、わざわざ話題にする必要を感じにくいものです。逆に思うように進んでいない時期には、心配をかけたくないという配慮が働きます。順調なときも、そうでないときも、話を始めない理由が立ってしまうのです。
こうして時期を選び続けた結果、ご本人の事情や体調が変わったところで、すべてが一度に渡ることになります。受け取る側は、内容を理解する時間も、疑問をぶつける相手も持たないまま、決めなければならない立場に置かれます。準備が完全に整うのを待つ設計は、待ち続ける設計になりやすいのだと思います。全部を渡すか何も渡さないかではなく、範囲を区切って少しずつ共有していく形のほうが、現実的ではないでしょうか。
学びは一度の説明ではなく、年単位の時間をかけて積もっていきます
承継の教育を、ある時期に集中して行う研修のように考えると、無理が生じます。判断の作法は、繰り返し立ち会う中でゆっくりと移っていくものだからです。
この時間軸を入れると、見えてくることがあります。受け取る世代は、いずれ渡す側になります。いま自分がどう関わってもらったかが、そのまま次の承継のときの作法になります。渡し方そのものが、次の世代へ引き継がれていくのです。
学ぶ必要があるのは、受け取る側だけではありません。渡す側も、手放し方を学ぶ時間を必要とします。任せた以上は口を出さずに見ている期間や、取り返しのつく範囲で失敗していただく余地を、あらかじめ設計に含めておく。小さな範囲での判断の誤りは学びになりますが、規模の大きな判断での誤りは戻すことが難しくなります。どの範囲から任せるのかという順序を考えることが、教育の設計そのものだと私たちは考えています。
それぞれの助言は正確でも、全体像にはなりにくいものです
承継の準備を進めると、いくつもの専門領域に触れることになります。税務の扱い、権利関係の整理、資金の手当て、不動産の管理。いずれにも有資格の専門家がいらして、そのご助言はそれぞれの領域で正確です。
難しさは、受け取る側から見たときに生まれます。次の世代の方にとって、それぞれのご説明は前提も語彙も異なる断片として届きます。断片が増えるほど、全体として何を判断すればよいのかは、かえって見えにくくなることがあります。どれかが誤っているのではなく、それぞれが見ている範囲が違うのです。
ですから、助言と助言のあいだをつなぎ、ご家族の目的に照らして順序を整える役割が要ります。私たちは、その位置に立ちたいと考えています。個別具体的な税務や法律のご相談は有資格の専門家へお取り次ぎし、私たちは全体の設計と、次の世代が関わる場のつくり方に関わる。そうした分担が現実的ではないでしょうか。
実物資産は、学びの対象として手触りがあります
次の世代に関わっていただく入口として、実物資産にはひとつの利点があると思います。そこに現地があり、使っている方がいて、修繕の必要や近隣との関係といった、動いている事情があるからです。
数字だけを見ていると、資産は残高として映ります。けれども現地に立てば、その数字の背後に人の営みがあることが分かります。同時に、保有には管理と責任が伴うことも見えてきます。資産は持っているだけで価値を保つものではないという感覚は、説明よりも現場のほうが伝わりやすいのではないでしょうか。
実物資産が教材として優れているという話ではありません。その資産が何のために保たれてきたのかを次の世代と一緒に確かめる作業そのものが、承継の設計と教育を兼ねているのだと考えています。
最初に同席していただく場は、どれになりますか
次の世代の教育が進まない理由は、多くの場合、意欲の不足ではありません。どの場面から関わっていただくのかが決まっていないまま、いつか話すこととして置かれているだけのことが多いように思います。
始め方は、それほど大がかりなものでなくてよいはずです。年に一度、資産の状況を確かめる場に同席していただく。あるいは、保有している不動産を一緒に見に行き、いま何が起きているのかを聞いていただく。その場で説明を尽くす必要はないのだと思います。分からないことが残るほうが、次につながることもあります。
大切なのは、判断が行われている場所に、次の世代が居るという状態を先につくることではないでしょうか。私たちは、その場の設計と、その先に続く承継の整理をご一緒に考えていければと思っています。
本記事は資産の管理・承継に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の購入・売却を勧誘・推奨するものではありません。また、個別の投資助言・税務助言を行うものではありません。実際のご判断にあたっては、ご自身の状況に応じて専門家にご相談ください。